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前橋家庭裁判所高崎支部 昭和61年(少)421号 決定 1986年7月08日

少年 Z・J(昭46.5.25生)

主文

少年に対し強制的措置をとることを許可しない。

少年を初等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は昭和59年5月31日から教護院○○学院(以下、「○○学院」という。)において再度の教護教育を受けているものであるが、

1  昭和61年1月21日午後8時過ぎころ、「○○学院」内において、同寮生のA(中学2年生)から呼び出しをかけられたことに立腹し、同人に対して殴る蹴るの暴行を加え、よつて、同人に対し、全治約10日間を要する左眼々球打撲の傷害を負わせた

2  昭和61年3月ころ、「○○学院」内において、院生のB(中学1年生)に対し、生意気だと因縁をつけ、同人に対して激しく殴打する暴行を加えた

3  昭和61年4月11日「○○学院」内において、新院生のC(中学3年生)に対し、態度がでかいと因縁をつけ、殴る蹴るの暴行を加えた

4  昭和61年4月12日「○○学院」内において、前記Cの顔面、腹部などに殴る蹴るの暴行を加えた際、見張りを命じておいたD(中学3年生)の見張り方が悪いと因縁をつけ、同人に対して数回殴打する暴行を加えた

5  昭和61年4月16日夜、「○○学院」内において、前記Dに殴る蹴るの暴行を加えた際、E(中学1年生)がこれを目撃したことに因縁をつけ、同人の顔面を殴打し、よつて、同人に対して全治約1ヶ月を要する上顎左中切歯脱臼脱落の傷害を負わせた

6  昭和61年4月29日午後6時30分ころ、「○○学院」内において、新院生のF(中学3年生)に対し、生意気だと因縁をつけ、同人に対して殴る蹴るの暴行を加えた

7  昭和61年5月上旬ころ、「○○学院」内において、G(中学3年生)に対し、掃除をしなかつたと因縁をつけ、同人の腹部を蹴つたり、黒板に同人の顔をたたきつけるなどして暴行を加えた

8  昭和61年5月14日「○○学院」内において、一時帰宅していた前記Bが命じておいた物を持つてこなかつたことに因縁をつけ、同人に対して殴る蹴るの暴行を加えた

ものである。

(適条)

傷害非行 刑法204条

暴行非行 刑法208条

(処遇)

1  本件は高崎児童相談所長から「本件非行事実」を主たる要因として、少年に対する強制的措置許可申請事件として送致されたものであるところ、その送致の理由は少年が「○○学院」に在院中に「本件非行」を犯したことから、他の在院生らにおいて、少年を恐れるようになり、無断外出をする者や授業を受けない者もではじめてきたので、解放的な同学院において、その教護指導を行うことは困難であるから、国立教護院「武蔵野学院」とも協議のうえ90日を限度として、少年に対して強制的措置を加え、その教護効果を図る必要がある、とするものである。

そして、当裁判所としても、いわゆる強制的措置許可申請事件として少年法6条3項により送致された場合の送致の性質については、基本的にいわゆる許可申請説をとるものであるが、本件のようにその送致の理由として記載されている事実が少年法3条1項1号所定の「犯罪」を要素としており、しかも、それらが審判の結果としても認定された場合にはすくなくともその送致に予備的に通常送致の趣旨が含まれていると解するのが相当である。

2  ところで、少年は婚姻していない母の2番目の男として出生し、当初は母、事実上の父、兄と本籍地において生活していたが、昭和49年ころ母と共に伯父を頼つて群馬県前橋市に転居し、事実上の父と別れようとしていた母、兄との生活をはじめたのであるが、間もなくしてこれに事実上の父も加わり、昭和53年4月に小学校に入学し、年に2、3回帰つてくるだけの事実上の父に期待と不安を持つて接していたところ、その事実上の父は昭和57年1月に家を出たまま帰宅しなくなり、そのこともあつてか母も同年5月には精神病院「○○病院」に精神分裂病の疑いで入院する事態となつたため、それに伴つて少年は同年5月4日児童相談所に一時保護されたうえ同月17日から養護施設△△園(以下、「△△園」という。)において生活することになつた。

しかし、少年は予想外の家族変動の結果として「△△園」で生活することになつたためもあつて、同園での生活に適応することができず、同園から通学していた小学校内において、現金の窃盗を再三行つたため、同園で生活を持続することは困難であると判定され、同年7月1日「○○学院」に入所措置を受け、そこでの生活をはじめ、それなりに安定した生活状況を示し続けたので、昭和58年5月から高崎市○○町所在の里親宅や群馬郡○○町所在の伯父宅において帰宅訓練を受け、帰宅準備を行つていたが、伯父を含めて引取手がいなかつたことから、やむなく養護措置を受けることとなり、昭和59年3月30日から再び「△△園」において生活することになつた。

ところが、少年は引取手がなく、そのために施設外での自由な生活ができなくなつたことに失望し、昭和59年4月16日には現金2万1、550円の窃取を含む車上荒しを、同年5月2日には仲間と共に現金200円の恐喝を、さらにその後保母に投石して命中させたり、数回殴打して倒れたところを蹴るなどの暴行を加え、保母に内出血などの傷害を負わせる傷害をそれぞれ犯し、「△△園」で養護生活を受けるのを事実上不可能とする生活態度を示したことから、同年5月31日再度の「○○学院」への入所措置を受けることとなり、再度同学院での教護教育を受けはじめ、昭和60年1月16日に他2名の仲間と無断外出をしたことがみられたものの、勉強とスポーツの両面において能力を発揮し、それなりに安定した生活状況を示し、昭和61年1月には帰宅訓練で伯父宅に行き、一時帰宅していた母にも会つたりし、その際母に「早く帰りたい」と訴えたが、母から「おかあさんがこんな状態だから、我慢して帰つてくれ」とたしなめられ、同学院に戻つたのであるが、それから生活が荒れはじめ、本件非行1ないし5などが持続されるようになり、同年4月10日ころから「退院したい、里親に面倒をみてもらいたい。」と再三同学院長に希望を訴えたが、この希望の実現を拒否されるや、同月19日に同学院内の生徒会長に選ばれたのに「頑張つて駄目なら好きなことをする。」といつて、さらに本件非行の6ないし8を犯したばかりでなく、同年5月下旬から同年6月11日までの間に数回にわたり、寮を異にする女子院生を深夜自分の寮に呼び出すなどしていたため、同学院内の秩序は乱れ、少年の暴力を恐れて無断外出する者や授業に出ない者もではじめている状況にある。

3  以上が少年のこれまでの生活状況の経過であり、これによると、少年の母と離れて「△△園」で生活せざるをえなくなつたばかりでなく、引取手がないため、約4年間にわたつて、「△△園」と「○○学院」とを往復している生活状況が持続されていることについては同情を禁じえないところである。

しかし、少年の昭和61年1月に母に会つた後の「○○学院」での生活は急激に悪化し、同学院内の秩序と他の学院生の精神的安定を図ることと少年を同学院内で生活させることとは矛盾する状況になり、この秩序と精神的安定を図るためには少年を同学院外に出さざるをえなくなつてきたことも否定できないところであるところ、少年に昭和61年1月から傷害、暴行という本件非行が持続されている基礎には同学院内で安定した生活状況を示しても引取手がない限り帰宅することができず、生活状況が悪くても引取手がある者が先に帰宅してしまうことに対する失望と苛立ちがあると思料されるのであつて、これに対する有効な対応がなされない限り、本件非行と同種の非行がさらに持続されるであろうことは容易に予測されるところである。

してみると、少年に対する処遇として児童相談所において、少年を国立教護院「武蔵野学院」に入所措置し、そこにおいて強制的措置を加えて教護教育の強化を図ることは、さらに、少年に社会復帰の時期を予測できなくさせ、前記の失望と苛立ちを増幅させる要因を作ることにもなり兼ねないと思料されるのであつて、現在において、少年に対する施設内処遇を行うに当つて、一番大切なことは、日々の努力が少年に理解できる方法で評価され、努力によつて社会復帰の時期が早まることがあることを前提として指導し、少年の自己承認欲求を充足させてやることである。

そればかりではなく、少年には「○○学院」での生活において、無断外出がみられたのは1回だけであつて、無断外出を常習としているわけではなく、この側面からは強制的措置を用意しておく必要性がほとんどないことも明らかであり、少年に対しては強制的措置に伴う狭い空間を使用することなく、広い空間を使用して、できる限り対人接触を維持したうえで生活指導を行うことが有効であることも否定できないところである。

4  そうだとすると、少年の本件非行の内容、それまでの非行を含む生活経過、本件非行の基礎にある少年の失望と苛立ちなどを総合考慮すると、昭和62年3月に中学校を卒業し、就職できる年令に達する少年の処遇としては、少年を初等少年院に送致し、中学校卒業直後に仮退院できることを努力目標にして矯正教育を行うと共に保護観察所の援助を受けて早期に引取手の準備をはじめ、更生しようとする日常生活を続けることが評価される矯正教育を行うことが有効、かつ、急務であると思料されるので、少年に対して強制的措置をとらないこととし、この申請を却下するのが相当である。

5  よつて、少年に対する強制的措置の許可申請を却下したうえ予備的通常送致に基づき、少年を初等少年院に送致することとし、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中山博泰)

〔参考〕送致書<省略>

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